侮辱罪の法定刑厳罰化の検討について (弁護士 福永晃一)

 法務省は、刑法の侮辱罪の法定刑を厳罰化する方針を固め、令和3年9月16日の法制審議会総会に諮問しました。
 近年社会問題となっているインターネット上の誹謗中傷への対策が狙いとなっています。

 今回の記事では、
  ・侮辱罪とはどういう犯罪か
  ・厳罰化検討の経緯
  ・厳罰化により期待される効果
  ・今後の課題
 について解説いたします。

1 侮辱罪とはどういう犯罪か
 侮辱罪は、刑法で次のように規定されています。

(侮辱)
  第二百三十一条 事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。

 侮辱罪は、1907年(明治40年)に現行刑法が制定されて以降、法定刑が変更されたことはありません。 
 一方で、刑法には侮辱罪と類似する犯罪として、名誉毀損罪が規定されています。

(名誉毀損)
  第二百三十条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。


 両罪には、次の2点において大きな違いがあります。

① 構成要件の違い
 名誉毀損罪が成立するためには、「事実を摘示」することが必要となりますが、侮辱罪はその必要がなく、事実を示さなくても公然と人を侮辱する行為に侮辱罪が成立します。
 ただし、「事実を摘示」したといえるかどうか微妙な判断を伴うケースも少なくありません。
② 法定刑の違い
 侮辱罪の場合、拘留(1日以上30日未満の刑事施設における身柄拘束)又は科料(1000円以上1万円未満の金銭納付)に処せられるのに対し、名誉毀損は、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処せられます。
 侮辱罪にあたるか名誉毀損罪にあたるか微妙な判断を伴うケースが少なくないにもかかわらず、両罪の法定刑を比較すると、侮辱罪は、名誉毀損よりも大きな違いがあります(侮辱罪の法定刑の方が大幅に軽い)。

2 厳罰化検討の経緯
 現在、社会経済活動におけるインターネットの重要性が増大するとともに、インターネット空間では、心ない言葉で他人を傷つける誹謗中傷が増加しています。
 総務省の「違法・有害情報相談センター」には令和2年度、5407件の相談が寄せられ、相談受付を開始した平成22年の相談件数の4倍以上に増加しています。そして、その多くがネット上での誹謗中傷などに関する相談となっています。

 そのような中で、令和2年5月には、テレビ番組に出演した木村花さんがSNS上で誹謗中傷され、自殺してしまうというショッキングなニュースもありました。
 木村さんのSNSに対する誹謗中傷の書き込みは約300件もの数にのぼりましたが、捜査機関は約9割の投稿についてはその発信者に対して刑事処分を課すことなく、侮辱罪に問われたのは、その中の投稿の一部を行った2名のみでした。そして、この2名に対する刑事処分は、科料9000円にとどまりました。

 木村さんの件で、現行の侮辱罪の法定刑について、2つの問題点が浮かび上がりました。

① 被害の重大性と法定刑の重さの不均衡
→ 被害者は、名誉感情を害され、精神的に追い込まれて自殺にまで至っているにもかかわらず、加害者は科料9000円という軽微な刑事処分で済まされており、加害者の負う刑事責任の重さが、被害者の受けた被害の重大さに見合わないのではないかということです。

② 侮辱罪の公訴時効期間の短さ
→ 侮辱罪の法定刑が拘留又は科料であることから、侮辱罪の公訴時効は、1年(刑事訴訟法250条2項7号)となっています。この期間は、公訴時効の中では最短となっています。木村さんの件においても、この公訴時効の短さが、加害者の刑事責任を追及する上でハードルになったと思われます。

 これらの問題点を解消するために、侮辱罪の法定刑の厳罰化が検討されることとなりました。
 具体的には、次のように、法定刑が厳罰化され、それに伴い公訴時効期間が延長されることが、法務省により提案されています。

  現行法 法務省案
法定刑 30日未満の拘留
又は
1万円未満の科料
1年以下の懲役・禁錮
又は
30万円以下の罰金
公訴時効 1年 3年


3 厳罰化により期待される効果

 侮辱罪の厳罰化がなされれば、次のような効果が期待できます。

① インターネット上の誹謗中傷の書き込みに対する抑止力につながる。

② 誹謗中傷の書き込みは匿名で行われ、発信者を特定するには時間と手間がかかるものの、公訴時効の期間が1年しかないため、告訴を諦める被害者が多かったが、公訴期間が延長されることにより、立件の可能性を増やすことで被害者が告訴を諦めずに済み、被害者の救済につながる。

4 今後の課題
 今回の侮辱罪の厳罰化の検討は、インターネット上の誹謗中傷問題に一石を投じるものであり、厳罰化が実現され、実際に悪質性の高い誹謗中傷に対する然るべき刑事処分が課されることが報道されることにより、誹謗中傷の書き込みに対する一定の抑止力は期待できると考えます。

 しかし、一方で、発信された情報の速やかな削除や、発信者を速やかに特定した上での発信者に対する損害賠償の実現といった被害者の名誉を回復する措置が充実することなしに、被害者救済は果たされることはありません。
 その意味からすれば、今回の侮辱罪の厳罰化というのは、あくまで被害者救済の一面的解決にすぎないと考えます。

 インターネット上で匿名の発信者から誹謗中傷を受けた被害者の早期救済を実現するためには、速やかでかつ確実な発信者情報の開示ができる制度を整備する必要があります。
そのための対策として、令和3年4月に改正プロバイダ責任制限法が成立しましたが、早期に改正法を施行して運用状況を見て、上手くいかないようであれば新たな改善策を検討する必要があると考えます。

 また、他にも、発信者を特定するために不可欠である通信ログについて、総務省の『電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン』第32条では、「課金、料金請求、苦情対応、不正利用の防止その他の業務の遂行上必要な場合に限り、記録することができる」として、憲法上保障される通信の秘密に該当する通信ログを保存することは、原則として許されないというスタンスをとっており、通信ログの保存義務は通信事業者に対して現状課されておりません。
 このことにより、現行の発信者情報開示手続には時間がかかるがために、手続前あるいは手続中に、通信時から一定期間経過した通信ログが消えてしまい、発信者の特定に至ることが出来ずに被害者が泣き寝入りしてしまうことが問題となっています。
 今回の厳罰化により公訴時効期間が3年に伸びたとしても、通信ログが消えてしまえば、元も子もありません。

 通信の秘密は憲法上保障される重要な権利ではありますが、通信の秘密として保障されるべき中核部分はあくまで通信の「内容」であり、通信の存在それ自体に関する事項についてまで、通信の内容と同等の保障をすべきと考えることを疑問視する意見が専門家の中でも出てきております。
 したがって、改正プロバイダ責任制限法が施行されてから、実際に発信者情報開示手続にかかる期間の統計を取るなどして、少なくとも、被害者が被害を受けてから、弁護士に相談し、発信者情報開示手続をするのに必要かつ十分な期間については、通信事業者のログ保存義務を認めるような動きが出てくることを望みます。

 いずれにしても、今回の侮辱罪の厳罰化でインターネット上の誹謗中傷対策を終えるのではなく、継続的に時代に合った施策が講じられることを期待します。

(弁護士 福永晃一記)

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