改正プロバイダ責任制限法をよみとく 第1回 プロバイダ責任制限法成立の経緯(弁護士 福永晃一)

はじめに

 令和3年4月21日、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(実務上、「プロバイダ責任制限法」と呼ばれます。)の一部を改正する法律が成立しました。本改正の施行は令和4年秋ごろとされています。

 近年ネットトラブルによる人権侵害が社会問題になっていることから、プロバイダ責任制限法について、メディアで取り上げられることもしばしばあります。

 令和2年5月にフジテレビの番組「テラスハウス」に出演していた木村花さんが、番組内での演出をきっかけにSNSで誹謗中傷を受けたことにより亡くなられた事件が起きてからは、ネット上で誹謗中傷を行った発信者の情報開示の文脈において、プロバイダ責任制限法が紹介されることが多くありました。

 そのため、プロバイダ責任制限法という法律を何となく聞いたことがあったり、匿名の発信者の特定を法律でできることを知っていたりする人もいると思われます。

 しかし一方で、一体どのような法律なのかについて、メディアで十分に解説されていることはそれほど多くありません。また、プロバイダ責任制限法に規定された用語は難解な表現のものが多いため、条文自体が読みにくく、インターネットの仕組み自体も難解なため、非常に理解が難しい法律です。

 そこで、この度、改正プロバイダ責任制限法について、数回にわたり、必要な情報を分かりやすく解説いたします。

 第1回は、改正プロバイダ制限法を理解するうえで前提知識となる現行のプロバイダ責任制限法の成立の経緯について解説いたします。

 

プロバイダ責任制限法成立の経緯

1 インターネット上に流通した権利侵害情報に対するプロバイダ等の責任

ア 被害者に対する責任

 インターネット上に流通する情報により、他人の権利(名誉権、プライバシー権、著作権等)が侵害された場合、他人の権利を侵害する情報をインターネット上の流通に置いた発信者のみならず、発信者が投稿した情報を「仲介」する立場にあるプロバイダ等(インターネット回線をインターネットにつなげる事業者やサイト管理者のこと。プロバイダ責任制限法では、「特定電気通信役務提供者」と呼ばれます。)も、被害者に対し、情報が流通した状態を放置したことについて損害賠償責任を負う可能性があります。しかし、どのような場合に損害賠償責任を負うのかについては、プロバイダ責任制限法制定前の裁判例において明確な判断基準が示されていませんでした[1]。

[1] プロバイダ責任制限法制定前にプロバイダ等の民事責任について判断した裁判例としては、「ニフティサーブ事件」(東京地判H9.5.26判時1610-22)及び「都立大学事件」(H11.9.24判時1707-139)があります。

イ 発信者に対する責任

 発信者には表現の自由が憲法上の権利として保障されているため、実際は他人の権利を侵害していない情報であるにもかかわらず、権利を侵害されたと主張する者からの要求に従ってプロバイダ等が当該情報を削除してしまった場合、発信者からも表現の自由の侵害を理由に損害賠償請求を受ける可能性があります。

ウ 板挟み状態

 プロバイダ等は、権利を侵害されたと主張する者と発信者の双方から損害賠償請求を受ける可能性があり、いわば「板挟み状態」になっています。そこで、インターネット上に流通した情報についてプロバイダ等が放置又は削除した場合の法的責任の範囲を明確にすることで、インターネット上に流通している情報に対し、プロバイダ等が適切な対応をするための指針を示すような立法的解決が望まれるようになりました。

 

2 プロバイダ責任制限法の成立

 平成13年、プロバイダ責任制限法が成立しました。

ア 被害者に対するプロバイダ等の責任の範囲の明確化

 プロバイダ責任制限法では、インターネット場の情報を放置又は削除した場合のプロバイダ等の責任の範囲を明確化しています。

 具体的には、対被害者の関係では、プロバイダ等は、自らが情報を流通過程に置いた発信者でない限り、投稿の削除等の送信防止措置を講じることが技術的に可能な場合であって、①被害者の権利が侵害されていることを知っていたとき、又は、②これを知りえたと認めるに足りる相当の理由があるときのいずれかを満たす場合以外は、損害賠償責任を負わないものとされています(プロバイダ責任制限法3条1項)。

イ 発信者に対するプロバイダ等の責任の範囲の明確化

 対発信者の関係では、プロバイダ等は、投稿の削除等の送信防止措置を講じた場合において、当該措置が当該情報の不特定者に対する送信を防止するために必要な限度で行われたものであって、①他人の権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由があったとき、又は、②自己の権利を侵害されたとするものから、侵害情報・侵害された権利・侵害されたとする理由を示して削除等の送信防止措置を講ずるよう申し出があった場合に、発信者に対して削除等の送信防止措置を講ずることに同意するか否かを照会した上で、当該照会を受けた日から7日を経過しても当該発信者から当該送信防止措置を講ずることに同意しない旨の申出がなかったときのいずれかの要件を満たす場合には、発信者に対して損害賠償責任を負わないものとされています(プロバイダ責任制限法3条2項)。

ウ 発信者情報開示請求権の定め

 プロバイダ責任制限法は、他人の権利を侵害する情報の発信者を特定する手段(「発信者情報開示請求権」といいます。)についても定めました(プロバイダ責任制限法4条)。

 インターネット上に流通した情報により権利を侵害された被害者は、その情報をインターネット上に流通させた発信者に対して損害賠償請求をしたいと考えます。しかし、発信者が匿名で権利侵害情報を投稿している場合、氏名及び住所を特定することができず、訴訟等により発信者に対して法的責任を追求することができません。

 そこで、発信者を特定するための情報を保有しているプロバイダ等から情報を開示してもらう権利をプロバイダ責任制限法で認めることにより、被害者に被害回復のための手段を与えることになりました。

エ プロバイダ責任制限法において考慮されている権利利益

 プロバイダ責任制限法は、被害者の権利救済と発信者の表現の自由という重要な権利利益のバランスに配慮した法律となっています。そして、プロバイダ責任制限法の条文の解釈や今後紹介する法改正の議論は、常に双方の権利利益のバランスを意識しながらなされるべきです。

 

〈key points〉プロバイダ責任制限法の成立の経緯

①プロバイダ責任制限法は、平成13年に成立。

②プロバイダ責任制限法は、「プロバイダ等の法的責任の範囲の明確化」(3条)と「被害者救済のためのプロバイダ等に対する発信者の情報開示」(4条)の2本柱で構成。

③プロバイダ責任制限法は、インターネット上の情報を放置又は削除した場合のプロバイダ等の責任の範囲を明確化。

④プロバイダ責任制限法は、インターネット上で権利を侵害された被害者の被害回復手段として、発信者情報開示請求権を定めている。

⑤プロバイダ責任制限法では、被害者の権利救済と発信者の表現の自由という重要な権利利益のバランスに配慮。

 

※次回は、プロバイダ責任制限法がなぜ改正されることになったのか、改正の経緯や現行法の問題点について解説いたします。 

(弁護士 福永 晃一記)

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