選択的夫婦別氏(姓)制度の実現に向けて ~2021.6.23最高裁大法廷決定の前に~(弁護士 石橋伸子)

1 夫婦同氏制度は違憲である、として訴えた家事審判の特別抗告審で、最高裁大法廷がこの6月23日午後に決定を出すと決め、憲法判断が示される見通しとなりました。
 最高裁が夫婦別氏(姓)制度について憲法判断をするのは2015年につづいて2回目となります。前回は、夫婦同氏を定めた民法750条は合憲であるとの判決がなされましたが、15名の裁判官のうち5名が違憲との意見でした。またこの判決は、選択的夫婦別姓制度を採用するか否かを含め「国会で論ぜられ、判断されるべき事項にほかならない」として、国会での議論を求めたのです。

2 そもそも、選択的夫婦別氏制度は、今から25年前である1996(平成8)年に法務大臣の諮問機関である法制審議会が、民法の婚姻・離婚法制に関する改正要綱を法務大臣に答申した際の1項目でした。
 この改正要綱には、ほかに「嫡出子と非嫡出子の相続分の平等」や「婚姻年齢の男女平等」などがありましたが、いずれも現在までに改正が実現し、あるいはその見通しが立ち、あるいは判例などにより実務に定着した基準となっています。
 国会で審議すらされていないのはこの、選択的夫婦別氏(姓)制度だけなのです。

3 2015年の判決後の各種世論調査では、選択的夫婦別姓制度に賛成する割合は反対を上回っています(H29年(2017)年度 内閣府の世論調査によれば、42.5%が選択的夫婦別姓に賛成、反対は29.3%となりました。しかも、賛成が少なく反対が多いのは60歳以上の世代であり、50代以下では50.0%が賛成、反対は16.8%に過ぎない状況です。)。そして、地方議会においても選択的夫婦別姓制度の実現を求める意見書等が次々に採択されていっています。

4 反対派の衆議院議員(自由民主党)高市早苗さんは、週刊東洋経済のインタビュー記事において、選択的夫婦別姓制度に反対する理由を次のように述べています(週刊東洋経済 2021/6/12 これが世界のビジネス常識 会社とジェンダー 「仕事の効率か、家族の一体感か 選択的夫婦別姓制度は是か非か」)。
 まず、「最大の理由は『子の氏の安定性』が損なわれる可能性があることだ」と言います。高市さんが反対している案は2018年6月に立憲民主党などが提出した法律案だということですが、そもそも子の氏についてはいろいろな考え方があって、平成8(1996)年の法制審議会の答申では,婚姻の際に,あらかじめ子どもが名乗るべき氏を決めておくという考え方が採用されています。子どもが複数いるときは,子どもは全員同じ氏を名乗ることとされており、「子の氏の安定性」は全く損なわれません。
 また、高市さんが編集者から「夫婦同姓の強制によって仕事の連続性が損なわれる場合もあります」と問われると、「婚姻前の氏の通称使用か併記の拡大によって、心配なくなると考える」と答えています。しかし、旧姓の通称使用をいくら拡大しても、通称は通称であって通称使用による不利益はなくなりません。国会議員は、通称使用者の苦痛に耳を傾けるべきです。

5 一般的に選択的夫婦別姓制度に反対する理由として、夫婦同氏は日本古来の伝統である、ということも良く挙げられます。しかし、そもそも夫婦は別氏でした。庶民に氏を名乗るのが認められたのは、明治8年からですし、武家の娘は結婚しても生家の氏を名乗っていました。「源頼朝」の妻は、「北条政子」です。しかも、明治9年にはなお、妻の氏は「所生の氏」(実家の氏)を用いるとされていたことは、史実です。
 明治31年に民法が成立した際、「家制度」が創設され、「戸主及ヒ家族ハ其ノ家ノ氏ヲ称ス」「妻ハ婚姻ニヨリテ夫ノ家ニ入ル」(夫婦同氏制)において、夫婦が同氏となりました。
 しかし、この「家制度」は50年弱で終焉を迎えます。戦後、新憲法下で「家制度」は廃止されました。ただ、このとき、夫婦同氏制度が残り、当時、民法学者は「家破れて氏残る」として、夫婦同氏制度は「家制度」の残滓であると批判されました。

6 また、反対の理由としてもう1つ良く挙げられるのが、家族の一体感が失われる、というものです。しかし、これもH29年(2017)年度 内閣府の世論調査によれば「夫婦・親子の名字(姓)が違うと、夫婦を中心とする家族の一体感(きずな)に何か影響が出てくると思うか」について「家族の一体感が弱まると思う」と答えた人の割合は31.5%、「影響がないと思う」と答えた人の割合は64.3%です。家族の一体感が失われる、と考える夫婦は同氏を選択すれば足りることになりますので、この批判は当たりません。

7 さらに、究極的には「こどもが可哀そう」ということも反対の理由として良く挙げられます。
 H29年(2017)年度 内閣府の世論調査によれば、夫婦の名字が違うと夫婦の間の子どもにとって好ましくない影響があると思うと答えた人の割合は62.6%、影響はないと思う、と答えた人の割合は32.4%です。しかし、子どもが可哀そう、というのは、少数者は排除されるということを肯定する考え方で、それ自体が問題ですし、夫婦別姓は現時点では法律で認められていませんが、選択的夫婦別姓制度が導入されれば、別氏の選択は適法化されますから、夫婦がそれぞれ法律に則って選択されている氏を名乗っていることとなり「子どもが可哀そう」という思いは消えてなくなるでしょう。

8 結婚の際に改姓をしているのはほぼ女性です(昭和50年において98.8%、平成27年において96%;厚生労働省「婚姻に関する統計」)。したがって、これまで夫婦同氏制度は男女平等に反するとして憲法24条違反の問題だとされてきました。
 しかし、今は、男性にも共通する問題としてとらえ直されています。
 氏名は人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成する(昭和62(1988)年2月16日最高裁第三小法廷判決)ものです。したがって、婚姻によって氏を改めなければならないとするのは人格権の侵害であり、憲法13条に違反するということです。また、姓を変えずに法律婚をしたいという夫婦は法律婚ができないという意味では、信条による差別を禁止する憲法14条違反の問題でもあります。
 少子高齢化が一層進む現在、別氏が選択できないから婚姻届を出さないというカップルまで出てきています。若い世代ほど選択的夫婦別姓制度に賛成です。規制を撤廃し、国民に選択する自由を認めるべく、夫婦別姓選択制度が導入されるべきです。
 法制審議会の答申から25年間放置されてきましたが、選択的夫婦別姓制度が導入されるべき時はまさに今、であると考えます。

 

SDGs(持続可能な開発目標)【5 ジェンダー平等を実現しよう】

(2021.6.20 弁護士石橋伸子記)

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