司法試験を目指す受験生の皆様へ(5)~OJTによる育成と私の失敗~ 

1 法科大学院構想の理念―点から線へー

司法制度改革によって法曹人口が増加し、司法試験の合格率は26%程度(平成30年度)にまで上昇しました。そして、今現在、1500名程度の司法試験合格者が輩出されています。そのなかで、法律事務所では、司法修習を経て採用した弁護士の教育に本当に悩んでいるというのが現状です。法科大学院制度が導入され、旧司法試験での点の選抜から、法科大学院、司法試験、司法修習、そして弁護士、裁判所、検察官のそれぞれのOJTによって、「線」による教育で一人前の法曹を世に出していく制度となりました。これまでの「点」の司法試験のみによる選抜で、かつ、その人数を絞り込んでいたのでは、司法試験合格のためだけの熾烈な競争となり、その競争を合理的に制するための予備校が闊歩してしまう。しかも、熾烈な競争は、合格平均年齢を高くし、優秀な人材が無為な受験生活を強いられてしまう。それは社会的な損失であり、さらに、その結果、優秀な人材が法曹界から離れてしまうだろう。法科大学院と新司法試験の構想は、そういった状況を打破し、基本的な法学教育を施して、かつ、多角的な法学教育を実施し、その基本のみを問う司法試験をもって競わせようとしたのです。
基本的な点を教育して次につなげて行くのですから、多種多様な人材が法科大学院で学び、多種多様な人材が基礎を学ぶことで法律のプロフェッショナルになっていくことができるということを理念としたわけです。そのため、司法試験は、基本的な問題をもって基礎的な能力を問うこととされました。2年ないし3年で原則的に合格できる程度の問題で問いかけ、それに回答させる。したがって、そう辛くて悲しい受験生活はなく、青春をある程度謳歌しながらの健全な受験生活を送ってもらう。そして、早く実務についてもらって、その後に長い目線で法曹教育をしていこうという視点であったのだろうと思います。

2 OJTによる育成の必要性

私が登録する兵庫県弁護士会は、地域の法律問題を扱うために存在する法律事務所が圧倒的です。いわゆる一般民事事件、家事事件、刑事事件、そして中小企業法務を中心として事業を営んでいる法律事務所が多いと思います。そして私も、離婚や遺産分割の家事事件、不動産や交通事故の損害賠償事件、企業の再生や倒産事件、自治体にかかわる訴訟事件、第三セクターの負債整理事件、中小企業の取引先との紛争、労務事件、銀行、信用金庫のコンプライアンス、各種中小企業法務、また海外進出支援など、ここで生起する法務ニーズに対応してきました。その地域をもっともよく知っている弁護士が、その地域の法務需要を満たすために、適切な対価で、便利に対応するというコンセプトをもって法律事務所を経営してきました。私は、いち早く弁護士法人化を実現し、法律事務所の経営理念を設定し、経営計画を立て、複雑化する法務ニーズに適切に対応できるよう組織化する方向をさぐってきました。そして、その経営計画のなかで、新人弁護士を毎年継続的に採用するために採用計画を立て、サマークラーク等も積極的に受け入れるなど若手弁護士の教育にまじめに取り組んできました。
地域に求められる法務サービスを持続的に提供するためには、年代ごとに弁護士を採用し、教育指導をして一人前に育成していくことが何より重要なポイントです。そのために、弁護士の採用にあたっては、この目標を一緒になって実現しようという積極的なマインドがある人を採用したいと思い、正直に私たち法律事務所の内情を語り、マインドを共有できる人を探してきました。そして、OJTのなかで、新人弁護士を育成してまいりました。

3 OJTによる育成方法

私の法律事務所で行っているOJTは、一貫して、基礎力を高めることにあります。なるべく早い時期に、簡単な事案について、自分なりの解決に向けた方向性を出す力をつけていくことに終始しています。そのため、採用時から、比較的、事実認定や法律論の困難度がない事案を先輩弁護士が選定し、先輩弁護士がまず方針を決定したうえで、その方針にのっとって、方針通りに訴訟や調停手続きを進めるという仕事をまかせていきます。そして、そのなかで悩むことがあれば、先輩弁護士と話し合うこととします。また起案などはすべて先輩弁護士が目を通し、議論したうえで、修正していきます。そのうち、困難度が低い事案での書面がある程度書けるようになり、また議論が適切にできるようになると、次は依頼者と直接面談し、事実の聞き取りからはじめて解決への方針を提示していくトレーニングをしていきます。そして、だんだんと複雑な事案に対処できる力をつけていくのです。事務所に複雑で難しい訴訟案件やプロジェクトが入った場合、先輩弁護士を主任としてチームをつくり、依頼者との会議にも同席し、意見交換に参加し、そこで決定された方針にしたがった訴状や答弁書、準備書面、あるいは意見書、報告書などの原案を作成してもらいます。また、企業の再生事件や倒産事件等がはいったときなどは、先輩弁護士とともに現場に行き、債務者からの事情聴取、会計士やコンサルタントの方々とともに共同作業を分担したり、債権者との交渉にみずから出かけてもらいます。金額が比較的小さい事案については、新人弁護士といえども、直接相手方との交渉を担当し、交渉におけるマナーや方法、自分の交渉におけるスタンスなどを学んでいくようにしています。そして、自分が主任で担当する事件のなかから、みずから解決するという成果を実感してもらいます。これを複数の先輩弁護士のもとで、さまざまな事案ごとにトレーニングを積んで、指導をしていくのです。ちょうど相撲の稽古のように、先輩力士にぶつかっては投げられ、ぶつかっては投げられを繰り返すようなものでしょうか。

4 弁護士としての考え方

私は、弁護士としての考え方、ものの見方が、弁護士にとってもっとも重要であると考えています。そのため、現在の弁護士に求められていること、弁護士としてあるべき姿、事件に対して向き合う姿勢なども同時に指導していきます。弁護士の視座や人間としてのあり方等についてもしっかりと教育することを重視しています。あいさつの仕方やメールの送り方、御礼に至るまで、ビジネスマナーの指導もかかしません。弁護士としての考え方の基本習得を育成方針のなかに入れているのは、社会から信頼される弁護士になるためには、弁護士の仕事は、まずはものの考え方があって、その考え方に弁護士として熱意をもって仕事に取り組み、依頼者、相手方、そして関係者がみんな笑顔になることができることを目指すべきだと考えているからです。その思いのなかで、弁護士としての人間力の育成がもっとも重要だからです。

5 成長していく新人弁護士

OJTで、課題を順次クリアしていくことで、新人弁護士は、飛躍的に成長して行きます。3年程度でもあれば、基礎的な書面起案能力はほぼ完成し、複雑な訴訟や法律意見書においても、精緻な構成の書面を書くこともできるようになっていきます。そして、5年もすれば、極めて困難な事案以外は、依頼者から話を聴き、証拠を検討するなかで、オーソドックスではあるが確実な方針をみずから定立することができるようになります。このころになると、その弁護士への直接の依頼も増えてくるようになってきます。新人弁護士は、5年から7年もすれば、弁護士としての強固な基礎を築き、その力をさらに精緻に磨くことによって、弁護士としてどんどんと成長していくのです。

6 育成がうまくいかない新人弁護士

しかし、この10年、つまり法科大学院修了生を採用しはじめて以降、私の育成計画の半数はうまくいきませんでした。2年経っても、3年経っても、弁護士が起案した書面について、「ほぼOK」という評価をくだすことができない事態が多くあったのです。簡単な主張書面であっても、証拠からみる事実の認定、その認定に基づいた主張など、当該事案の本質をつくことができていない書面を作成し続けるのです。争点を明確にして、主張や立証をまとめていくことができないのです。本人はいたって真面目です。一生懸命に時間をかけて仕事をしています。だから、指導する側としても、なるべくその努力を成果にしてあげたいという親心一心で接するのですが、どうしても基礎能力の成長発展がみられないのです。

2018.9.17
(井口寛司)

→司法試験を目指す受験生の皆様へ(6)~新人弁護士の実力が伸びない理由~

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