住宅手当・通勤手当の支給内容に相違がある場合の対応(同一労働・同一賃金) ~後編②・検討(通勤手当編)~(弁護士 高橋弘毅)

前編後編①

※本稿は2021年10月時点の私個人の見解に基づくものです。

 

1 後編②の設例

 本後編②では、「均等待遇」ではなく「均衡待遇」が求められる場合に、正社員に通勤手当を支給する一方で、有期雇用労働者(本稿では、フルタイム勤務を前提とします。)には支給していないとき(設例①)や、支給はしているものの、正社員より支給上限額を低く設定しているとき(設例②)に、それが不合理な相違であるとして「均衡待遇」規定違反となるか、及び「均衡待遇」規定違反となる場合に事業主がどのような対応をするべきかを検討します。

 

2 【設例①】有期雇用労働者に通勤手当を支給していない場合の対応

 まず、有期雇用労働者に通勤手当を支給していない場合を検討します。

(1)不合理な相違であるか否か

 ア 通勤手当については、厚生労働省の同一労働・同一賃金ガイドライン(厚生労働省HP:全文ガイドライン (mhlw.go.jp))において「短時間・有期雇用労働者にも、通常の労働者(注:正社員・無期雇用のフルタイム勤務労働者)と同一の通勤手当を支給しなければならない」とされています。

 また、設例①の場合ではなく設例②の場合に該当する事件ですが、最高裁がハマキョウレックス事件(平成30年6月1日判決)において、通勤手当の支給内容の相違(正社員には公共交通機関利用の場合に上限5万円を支給、有期雇用労働者には3000円を支給)を不合理と判断しました。その判断理由については「通勤手当は通勤に要する交通費を補填する趣旨で支給されるもの」「労働契約に期間の定めがあるか否かによって通勤に要する費用が異なるものではない」「職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることは、通勤に要する費用の多寡とは直接関連するものではない」と判示されており、その理は設例①の場合にも当てはまります。

 これらによれば、設例①の場合は、検討するまでもなく「均衡待遇」規定違反となりそうです。

 

 イ ところで、使用者が労働者の通勤交通費を通勤手当等の名目で負担し、労働者に支給していることが多いため、あまり認識されていないことが多いのですが、そもそも通勤交通費は、労働者が自らの労務提供義務を履行するために要する費用として負担しなければならないものであり(民法第485条本文「弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は、債務者の負担とする。」)、使用者が負担しなければならないものではありません。使用者が労働者の通勤交通費を負担することは、あくまで例外的な対応なのです。

 そのため、使用者が正社員にのみ通勤手当を支給していることについては、例えば、当初は支給していなかったが、労使交渉の末に支給することになった、あるいは、有期雇用労働者は近隣から採用しているため支給していないが、将来の幹部候補生である正社員については有為な人材の確保を第一として遠方からも採用するため支給することにした等の支給の経緯や、後者の例と同じことですが、後編①の住宅手当と同様に、「通勤に要する交通費を補填する趣旨」以外に、有為な人材の確保とその定着を図る等の目的が存在することも少なくないと思います。

 このような通勤手当について、正社員に支給する場合は有期雇用労働者にも支給しなければ不合理な相違であると断じて労使自治や使用者の裁量を認めず、一律に「均衡待遇」規定違反であるとすることには疑問があります。

 

 ウ したがって、やはり通勤手当についても、住宅手当と同様に、上記アの同一労働・同一賃金ガイドラインや裁判例の結論及びその判断理由を参考としつつも、それらに過度にとらわれることなく、「均衡待遇」規定に基づいて検討していくべきです。

 

 エ 後編①で述べたとおり、「均衡待遇」規定は、待遇のひとつひとつについて、①「職務の内容」、②「人材活用の仕組み」、③「その他の事情」の内、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならないと定める規定です。

 この規定から、不合理な相違であるか否かを判断する上で考慮される事情を決める「当該待遇(通勤手当)の性質及び当該待遇を行う目的」が何であるかが重要であることが分かります。

 ハマキョウレックス事件の最高裁判決では、この「当該待遇(通勤手当)の性質及び当該待遇を行う目的」について、上記アで述べたとおり、「通勤手当は通勤に要する交通費を補填する趣旨で支給されるもの」であると認定されました。

 この認定を踏まえて、設例①の通勤手当が従業員の通勤に要する費用を補助する性質の待遇であり、その支給目的が従業員の通勤に要する費用を補助することのみにあるとした場合、同じ従業員であり、同じく通勤に要する費用を負担する正社員と有期雇用労働者との間に支給内容の相違(支給の有無)を設ける合理的理由は見当たりません。

 その相違が不合理であるとまでいえるか否かを検討しても、この通勤手当の性質及び支給目的に照らせば、通勤に要する費用の負担の発生の有無以外に関連する要素がないため、別の名目で実質的に支給しているなどその他に特段の事情(③「その他の事情」)が存在しない限り(①「職務の内容」や②「人材活用の仕組み」は、通勤に要する費用の負担の発生の有無に差を生じさせる事情ではありません。)、その支給内容の相違は不合理であるとまでいわざるをえないことになります(上記アの同一労働・同一賃金ガイドラインや最高裁判決と同じ結論です)。

 

 オ しかし、通勤手当を正社員にのみ支給する目的は、支給を開始した経緯や支給の要件によるものの、上記イで述べたとおり、住宅手当と同様、多くの場合、従業員の通勤に要する費用を補助することにとどまらず、正社員の待遇を手厚くすることで有為な人材を確保し、その定着を図ることにあると思います。

 通勤手当は、住宅手当とは異なり労務提供と密接に関連するため、従業員の通勤に要する費用を補助するという目的の比重が高いことは間違いなく、住宅手当より慎重に考えるべき待遇ではありますが、本来支給する必要のないものを支給する点では同じです。

 そのため、通勤手当の支給にこのような目的が存在する場合には、後編①の3(1)オ及びカで述べたことが基本的にそのまま当てはまるということができると思います。

 すなわち、この場合には、住宅手当と同様に、短期雇用が前提となっており、必ずしも定着を期待しているわけではない有期雇用労働者と正社員との間に通勤手当の支給内容の相違を設けることには合理的理由があるということができ、その相違が不合理であるとまでいえるか否かを検討しても、有期雇用労働者の契約更新の実態から見て正社員と同様に長期雇用が前提となっている場合や既に5年を超えて雇用が継続されている場合(代替の手当等を支給している場合や、当該有期雇用労働者が通勤手当の支給を受けることができる道があるのにあえてその道を選択していないといえる事情がある場合を除く)を除き、雇用の目的、理由等の前提が異なるがゆえに正社員と有期雇用労働者の間に存在する①「職務の内容」の相違(権限や求められる役割・成果の違い)及び②「人材活用の仕組み」の相違(経験する可能性のある職務の範囲や人事異動、昇進、役割の変更、転勤の有無・範囲の違い)、並びに③「その他の事情」(前提となる長期雇用と短期雇用の違い)を考慮すれば、ほとんどの場合、支給内容の相違は不合理とまではいえないはずです。

 

 カ 上記オの意見に関して参考となる裁判例として、通勤手当を無期契約労働者に支給する一方で、有期雇用労働者(派遣社員)に支給していないことを不合理ではないと判断したリクルートスタッフィング事件(大阪地裁令和3年2月25日判決)があります(リクルートスタッフィング社は派遣会社であり、当該派遣社員は同社から派遣される同社に有期雇用された労働者です。)。

 同事件では、裁判所は、同社が通勤手当を配置転換命令の対象となる従業員(有期雇用労働者を含む)に支給する一方で、対象とはならない有期雇用労働者には支給していないこと、つまり、配置転換命令の対象となっていることを通勤手当の支給要件としていること、及び対象者が就業場所の変更を伴う配置転換命令を受けている実態があることを踏まえて、同社の通勤手当を、「直接的には、通勤に要する費用を補填する性質の手当として設けられたものであることは明らかというべきである」としつつ、同社の主張を認めて、「配転命令の対象となる職員は、想定外の負担やライフスタイルへの影響のリスクに配慮するとともに、社員が就業場所の変更を伴う配転命令に対して不満を抱くことなく機動的経営を可能にするという趣旨」等を有すると認定し、詳細は割愛しますが、その上で、①「職務の内容」の相違、②「人材活用の仕組み」の相違及び③「その他の事情」を考慮して、支給内容の相違を不合理ではないと判断しました。

 後編①の3(1)アで、住宅手当の支給内容の相違が不合理であるか否かの判断の分水嶺は、転居を伴う配置転換の予定の有無に相違があるか否かにある、との説明がしばしば見受けられると述べましたが、同事件は、就業場所の変更を伴う配置転換の予定の有無に相違があるか否かを、通勤手当の支給内容の相違が不合理であるか否かの判断の分水嶺の一つとしたものです。

 前者(住宅手当)が、転居を伴う配置転換がある場合は住宅に要する費用が多額になり得ることを理由としたのと同様に、後者(通勤手当)は、就業場所の変更を伴う配置転換がある場合は通勤に要する費用が多額になり得ること等を理由としたものですから、これは合理的かつ理解しやすい判断といえます。

 同事件において、裁判所は、「上記最高裁判決(注:ハマキョウレックス事件)は、直接雇用労働者の労働条件の相違に関するものであり、間接雇用とされる派遣労働者に関する本件とは事案を異にする」と判示しており、派遣労働の特殊性にも着目しているため、正社員と有期雇用労働者との間で就業場所の変更を伴う配置転換命令の予定の有無に相違があれば、通勤手当の支給内容に相違を設けても問題ない、と直ちにいうことはできませんが、その理は、有期雇用労働者が派遣社員ではない場合でも十分通用するのではないかと思います。

 また何より同事件から学ぶべきは、通勤手当の支給が従業員の通勤に要する費用を補助することを目的としていても、支給の経緯や支給の要件等に裏打ちされた他の目的も同時に存在し、それをもって正社員と有期雇用労働者の間の通勤手当の支給内容の相違を説明することができるのであれば、ハマキョウレックス事件の最高裁判決や同一労働・同一賃金ガイドラインを見れば、相違を設けることが議論の余地なく不合理であるかのように思える通勤手当でも、その支給内容の相違は不合理とまではいえないことがあるということだと考えます。

 

(2)「均衡待遇」違反となる場合にとるべき対応

 ア 設例①の場合、上記(1)ウ~カの検討を経てもなお、その支給内容の相違が不合理であるとまでいわざるをえないときは、「均衡待遇」規定違反となります。

 そして、「均衡待遇」規定違反の待遇は無効となるため(設例①の場合は、有期雇用労働者に通勤手当を支給しないという待遇が無効になります。)、事業主は、待遇の是正等の対応をとらなければなりません。

 

 イ しかし、この場合に必ず有期雇用労働者に正社員と同額の通勤手当を支給しなければならないわけではないことは、住宅手当と同様です。無難に正社員と同額の通勤手当を支給することはもちろん、正社員の○○%を支給することなど様々な対応が考えられます。

 その中で、「均衡待遇」規定違反とはならない対応を選択する必要がありますが、私は、6年目から正社員と同水準の金額を支給するようになるように、通算契約年数に応じて支給金額や支給上限金額を逓増させていく対応が事業主の負担を考えても無理がなく、かつ有効な対応ではないかと考えています。理由は、後編①の3(2)イで住宅手当について述べたことと同じで、かかる対応を行うことにより、通勤手当の支給目的に待遇を手厚くすることで有為な人材を確保し、その定着を図るという目的を追加することができるからです。

 

(3)事業主がとるべき対応のまとめ

 個々に事情が異なり、事情が変われば結論が変わりうるため、一概にいえることではありませんが、以上の検討を踏まえて、私が考える設例①の場合に事業主がとるべき対応をまとめると次のとおりとなります(現時点の多数意見とはいえないと思いますが、理屈は通っているのではないかと考えています。)。

 

[対応のまとめ]

ⅰ 就業場所の変更を伴う配置転換の予定の有無に相違があり、当該配置転換の実態を伴い、かつそれにより通勤交通費の負担が増え得る場合で、それらが支給目的と紐づいている場合

 ⇒ 現状維持でよい。

ⅱ 支給目的が有為な人材の確保とその定着を図ることにあり、そのことが明確な場合(ただし、ⅰ以外の場合)

 ⇒ 現状維持でよい。ただし、有期雇用労働者の契約更新の実態から見て正社員と同様に長期雇用が前提となっている場合や既に5年を超えて雇用が継続されている場合は、他の名目で実質的に支給している、あるいは、当該有期雇用労働者が通勤手当の支給を受けることができる道があるのにあえてその道を選択していないといえる事情がない限り、通勤手当を支給する。

ⅲ ⅰ及びⅱ以外の場合

 ⇒ 他の名目で実質的に支給している場合を除き、通勤手当を支給する。

ⅳ ⅱ及びⅲにより有期雇用労働者に通勤手当を支給する場合

 ⇒ 6年目から正社員と同水準の金額を支給するようになるように、通算契約年数に応じて支給金額や支給上限金額を逓増させていく。


3 【設例②】有期雇用労働者に支給する通勤手当の支給上限額を正社員より低く設定している場合の対応

 続いて、有期雇用労働者に通勤手当を支給しているものの、支給上限額を正社員より低く設定している場合を検討します。

(1)不合理な相違であるか否か

 設例②の場合も、設例①で検討した内容(上記2(1))はそのまま当てはまります。 

 ただし、通勤手当の支給目的が有為な人材の確保とその定着を図ることにあるものの、有期雇用労働者の契約更新の実態から見て正社員と同様に長期雇用が前提となっている場合において、当該有期雇用労働者の通算契約期間がいまだ5年以内である場合は、契約更新がなされないこともありうるため、そのことを③「その他の事情」として考慮すれば、支給上限金額の設定次第では、仮にそれが合理的ではないとしても、不合理とまではいえないと考える余地は十分にあると思います。

 

(2)事業主がとるべき対応

 設例①の場合と同じく一概にいえることではありませんが、以上の内容を踏まえて、私が考える設例②の場合に事業主がとるべき対応をまとめると次のとおりとなります。

 

[対応のまとめ]

ⅰ 就業場所の変更を伴う配置転換の予定の有無に相違があり、当該配置転換の実態を伴い、かつそれにより通勤交通費の負担が増え得る場合で、それらが支給目的と紐づいている場合

 ⇒ 現状維持でよい。

ⅱ 支給目的が有為な人材の確保とその定着を図ることにあり、そのことが明確な場合(ただし、ⅰ以外の場合)

 ⇒ 現状維持でよい。ただし、既に5年を超えて雇用が継続されている場合は、他の名目で実質的に支給している、あるいは、当該有期雇用労働者が通勤手当の支給を受けることができる道があるのにあえてその道を選択していないといえる事情がない限り、支給上限額の見直しをする。

ⅲ ⅰ及びⅱ以外の場合

 ⇒ 他の名目で実質的に支給している場合を除き、支給上限額の見直しをする。

ⅳ ⅱ及びⅲにより有期雇用労働者に対する通勤手当の支給上限額を見直す場合

 ⇒ 6年目から正社員と同水準の金額を支給するようになるように、通算契約年数に応じて支給上限金額を逓増させていく。


以上

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