ニュースレターVol.9 定年後再雇用における労働条件に関する最高裁判決(高橋弘毅)

定年後再雇用における労働条件に関する最高裁判決

1 同一労働同一賃金関連の事件として注目を浴びていた『長澤運輸事件』と『ハマキョウレックス事件』の上告審判決が、本年6月1日、いずれも最高裁判所第二小法廷において言い渡されました。『長澤運輸事件』は、定年後に嘱託社員(有期契約労働者)として再雇用されたトラック運転手(正社員)について、能率給、職務給、精勤手当、住宅手当、家族手当、賞与等が支給されなくなることにより、職務内容等に変化がないのに定年前後で賃金が20%~24%減額されたことが、労働契約法第20条に反しないかが問われた事件であり、『ハマキョウレックス事件』は、正社員と契約社員(有期労働契約者)との間に、無事故手当、給食手当、住宅手当、通勤手当、一時金、退職金等の支給の有無・範囲に相違があることが労働契約法第20条に反しないかが問われた事件です。

2 今回は、前者の『長澤運輸事件』を採り上げたいと思います。
 労働契約法第20条は、期間の定めがあることによる労働条件の相違は、①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」といいます。)、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲、③「その他の事情」を考慮して、不合理と認められるものであってはならないとしています。『長澤運輸事件』は、定年の前後で①、②が概ね同一であったことから問題となったものです。
 同事件の第一審東京地方裁判所平成28年5月13日判決は、①、②が同一である限り、③「その他の事情」は考慮することなく、無期契約労働者と有期労働契約者との労働条件の相違を正当と解すべき「特段の事情」がない限り、相違は不合理であるとの評価は免れないとして、高年齢者雇用安定法に基づく高年齢者雇用確保措置として有期雇用契約が締結された事実だけをもって直ちにこの「特段の事情」があるとは認められないと判示し、労働条件の相違は一律に無効であると判断していました。
 他方、東京高等裁判所平成28年11月2日付控訴審判決は、①、②が同一であっても、③「その他の事情」として①及び②に関連する諸事情を幅広く総合的に考慮して判断するとの立場をとり、高年齢者雇用安定法に基づく高年齢者雇用確保措置であること等を重視して、同事件における労働条件の相違は有効であると判断していました。

3 最高裁判決は、まず「有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、(略)、労働契約法20条にいう『その他の事情』として考慮されることとなる事情に当たる」ことを明らかにしました。その上で、労働者の賃金が複数の賃金項目から構成されている場合は、賃金項目ごとに有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するべきである、との判断の枠組みを示し、判断にあたっては、賃金総額を比較するだけではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきであること、及び当該賃金項目の有無及び内容が他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合は、その事情も考慮すべきであることを明らかにしました。
 そして、同判決では、賃金項目ごとに労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かをその趣旨等から検討し(『ハマキョウレックス事件』でも同様の方法で検討がなされています。)、例えば、「住宅手当」及び「家族手当」は、従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであるが、正社員は嘱託社員と異なり幅広い世代の労働者が存在し得る一方、嘱託社員は正社員として勤続した後に定年退職した者であり、老齢厚生年金の支給を受けることが予定され、報酬比例部分の支給が開始されるまでは調整給を支給されることとなっていることを考慮すると、職務が同一であっても嘱託社員にこれを支給しないことは不合理とはいえないとした一方で、「精勤手当」については、従業員に対して休日以外は1日も欠かさずに出勤することを奨励する趣旨で支給されるものであり、職務が同一である以上、両者間でその皆勤を奨励する必要性に相違はなく、嘱託社員に精勤手当を支給しないことは不合理でないということはできないとして、労働契約法第20条に反し無効であると判断しました。

4 最高裁判所が、労働契約法第20条に関して、賃金項目ごとに有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するべきであるとの判断の枠組みを示したことは注目するべきです。
 本年6月29日に成立した働き方改革関連法案(「短時間労働及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」)において、事業主に有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違の内容、理由等を説明する義務を課す規定が設けられていますが、本判決が出たことにより、両者の間に労働条件の相違を設けている企業においては、前倒しで、手当項目ごとにその支給の趣旨から遡って内容を検証し、見直す必要が出てきたといえます。
 なお、平成28年12月20日に政府が策定した「同一労働同一賃金ガイドライン案」は今般の最高裁判決を受けて、「案」ではない「ガイドライン」として改訂される見込みです。
 企業のみなさまにおかれましては、対岸の火事とは思わず、これを機に、ぜひ顧問弁護士と共に自社の賃金制度の検証、見直しを実施していただきたいと思います。

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