シンポジウム「成年後見と自己決定 ~まわりが勝手に決めちゃっていいの!?~」(弁護士 村上英樹)
1.シンポジウムの開催
私の所属する神戸シルバー法律研究会と、神戸市、神戸市社会福祉協議会との主催で、2021年9月11日に成年後見についてのシンポジウムを開催しました。
神戸シルバー法律研究会は、行政と実務家(弁護士、司法書士、社会福祉士など)と学者などが集まり、高齢者・障害者の権利擁護について、月1回の研究会を開催し、学習や意見交換をしています。コロナの影響で中止になった昨年を除き、毎年1回、主に成年後見に関するシンポジウムを開催しています。
私も長年この研究会に参加しており、今回のシンポジウムの企画と当日のパネルディスカッションのコーディネーターを務めました。
今年は、成年後見における「意思決定支援」をテーマに開催しました。
弁護士による基調講演と、実際に成年後見を担当する実務家によるパネルディスカッションの2部構成でした。
2.「意思決定支援」の考え方
成年後見制度は、認知症などにより判断能力が不十分な人のために、財産の管理や、適切な医療や介護ケアなどの身上保護を行う制度です。
家庭裁判所が選任する「後見人」によって行われる場合が代表例です。
判断能力が不十分な人への支援という場面で、起こりがちなことは「まわりの人が、本人の意向を無視して、何でも意思決定してしまう」ということです。
たとえば、「どのような治療を受けるか」「どこで生活するか」「何にお金を使うか」など、本人の自己決定権を無視してしまっていないか?という問題です。
障害者権利条約は、すべての人に意思決定をする能力があると考えることを前提にしており、成年後見の場面でも、原則として、あくまでも本人による意思決定が基本であり、そのために成年後見人や介護などの支援に携わる人などが必要な援助をする、という考え方になります。
民法858条でも、成年後見制度において、本人の意思を尊重しなければならないということが定められています。
そうかといって、もし、本人が、他人に危害を加えることや、自分の健康を明らかに害するようなこと、生活を破綻させるようなことを「したい」と言ったら、それも「尊重」して、その通りにしなければならないか?というと、そんなわけにはいきません。
本人の「言う通りにする」のではなくて、本人にとって、必要な判断材料を頭に入れたうえで、本当に自分が欲することを意思決定できるように支援することが、ここでいう「意思決定支援」の意味です。
本人の人柄や思考パターン、好みなどをよく理解し、本人が安心して思いを表現できる環境を提供し、できるだけ複数の支援者が色んな角度から観察し支援する、本人への問いかけ方を工夫して判断を助ける、など「総合的な支援力」が必要です。
以上のような考え方について、基調講演で詳しく解説がなされ、パネルディスカッションで実例を交えて意見交換がなされました。
3.具体的な事例
パネルディスカッションで取り上げた例をご紹介します。
⑴ 「どこで、何を食べるか?」
まず、身近な例として「食べ物」に関することです。
こんな例です。
施設入所している本人が外出ボランティアの支援でいつも決まった飲食店で決まったメニューを食べていた。
これは、決まったことを行わないと本人が混乱するのでは!?という配慮でした。
しかし、その飲食店が閉店してしまった後、支援者が、改めて本人の意思を確かめてみると、実は、いろんなジャンルの食べ物を食べたいという本人の気持ちがあり、それが分かった後は、色んな店で色んなメニューを楽しめるようになったという話です。
これは、ついつい支援の現場で陥りがちな「先入観」「決めつけ」があることを示すエピソードであるとともに、本人に対して改めて食事をしたい場所、食べたいものについて問いかけ方を工夫したところ、本人の真の意思を実現する方向に動いたという経験談でもあります。
他の発表者からも、同じく食事について、「どこで食べるか?」「どんなジャンルがよいか?」「食べられない物」などをボードを使って選択肢を示し、本人に納得いくように決めてもらう、などの工夫をしているという実践例が示されました。
⑵ 「どこで生活するか?」(自宅か施設か、施設をどう選ぶか)
やはり、成年後見の場面での意思決定のうち、直面することが多く、重要なのはこの問題です。
本人は「家で生活したい」というのだけれども、まわりから見ると安全面を考えたときには「施設のほうがよい」と見える場合が典型です。
これは、本人の身体・精神面の状況と、自宅生活におけるリスク、そのリスクを補う方法の有無、それでも残るリスクがどの程度でそれをどう判断するか?という要素を丁寧に本人と一緒に考えていく問題です。
結論ありきでなく、本人の希望を尊重しながら、希望を実現するために必要な要素、たとえば自宅を改修する必要があることや、必要となる介護サービスの内容や、現実にそのようなサービスを受けられるか、などを本人と話し合って、実現可能性を探っていきます。
その結果として、自宅生活が続けられる(または、施設から自宅に帰れる)場合もあるし、そうではなく施設での生活になるものの、本人の希望に近いより自由度の高い活動ができるような施設を選ぶ、など本人の納得のうえで進むべき道を決めるというプロセスが重要です。
発表では、このような意思決定支援のプロセスのなかで、専門分野の違う支援者のチームが協力して、情報交換や本人への説明・話し合いを行うということが有効であるとの報告がありました。
⑶ 「まわりからみると・・・?」の場合の支援
ときには、本人のやりたい、ということがまわりから見ると大変心配、というより、それは本人にとって良くないのではないか、と思われることがあります。
報告された例は、カメラが趣味である知的障害ある男性が、インターネットで知り合った男性から写真集を出さないか?と勧められ、制作に多額の費用が必要と言われている、というものでした。
経済的に余裕がある状態ではないので無理ではないかと思われますが、本人はとても前向きになっている、という例です。
本人が安定した生活を送れるように財産を管理することが成年後見の大事な役割ですので、経済的に破綻するような出費を認めることはできません。
しかし、単に「ダメ」というのでは、本人の意思を尊重することになりません。
この場合は、本人とよく話し合い「なぜ写真集を出したいのか?」の理由を掘り下げ、「多くの人に自分の写真を見てもらいたい」という理由であればホームページを作って展示する方法や、「撮った写真を記念に残したい」という理由であれば出版を前提にせず安価でアルバムを制作する方法を示して、実は、本人の本当に希望することを実現するのに「そんなにお金をかける必要はない」ということを理解してもらう、というアプローチを後見人(支援者)は行ったということでした。
この例に関連して、まわりが聞くと「?」という場合にも、本人に対してすぐに否定的な反応をしたりすると、本人は本当に思っていることを言えなくなってしまい、意思決定支援がより難しくなるので気をつける必要がある、だから、疑問に思っても否定せず「なぜ、そうしたいと思うのか」という本人の思いを深掘りすることを粘り強く行うことがポイントとの指摘もありました。
4.終わりに
私はパネルディスカッションのコーディネーターを務めましたが、私自身も大変勉強になりました。
今も成年後見の案件を複数担当していますが、現実には、本人の意思を尊重したい、丁寧に意思決定支援をしたいとおもいつつも、物事を決めなければならない「期限」が迫ってくることもあります。医療行為や予防接種などはまさにその例です。
支援者としてはそんな中で悩みながら、というわけですが、自己決定を支援するには、根本には誰にも「自分のことを自分で決める権利がある」という考え方があり、また、実践のためには、本人を理解するための努力、問いかけ方の工夫、必要な情報収集、適切なメニューの提示などについての知識・ノウハウの活用が必要であると感じています。