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第3回 道義的責任を感じる
弁護士 井 口 寛 司
■1 道義的責任を感じます
企業の不祥事があるごとに謝罪会見が繰り返されます。そのなかで耳にするのが、「道義的責任を感じております。」「法的責任はもとより、道義的責任をまっとうするために一定の解決金の支払いに応じたい。」などの言葉です。では、道義的責任とはいったい何でしょうか。法的責任とはどこが違うのでしょうか。企業はこれらの関係をどのように認識しておけばいいのでしょうか。今日は、道義的責任をテーマにお話します。
■2 法と道徳・倫理との区別
法学部にはいりますと、まず「法学入門」という講義があります。法律の右も左もわからない新入生が真っ先に学ぶのが、法と規範、法と道徳の区別なのです。講義では、カントはこう言った。「法」は行為の外面の問題であり、「道徳」は内心の問題である。したがって、法は人の純然たる内心に介入してはならず、法と道徳とは峻別されるべきなのだ、と。近代以前の国家、国王による思想弾圧、宗教弾圧などをうけて、いかなる意味でも内心の自由を保護しなければならないという峻別論は、近代国家の考え方のベースになっていました。
■3 道徳と倫理が法にはいる
しかし、人間社会においては、それぞれの人間が道徳、倫理を重んじ、これを守ることによって社会が成り立っているものです。個人を超えて社会的に共有される道徳や倫理は、既にみな、それを社会的な規範として認識しています。そしてさらに、社会が成熟してまいりますと社会規範の遵守は人間社会を維持するためには必須条件となりますから、この社会規範を「法」に取り込むことが必要となってくるわけです。そのため必然的に法には「社会的」に共通認識となった道徳や倫理が入り込んでいることになります。しかし、法は社会規範(道徳、倫理)の最低規範であるといわれることがあります。内心の自由を保護しながら、人間社会を維持するという民主主義の考え方からすれば、法は最低限の社会規範でなければならないのもとまた当然ということになります。
■4 道義的責任とは
では道義的な責任とは何でしょうか。法が最低限の社会規範だとすると、道徳的、倫理的責任とは、法的な責任を含む広い責任ということになります。ところで、法は、法に違反することを禁じ、その違反者に対しては罰則を科したり、あるいは損害賠償責任を科したりします。法は、その遵守を強制するわけです。これに対して、道徳や倫理は、たとえそれが社会規範となっていたとしても、これに反したからといって罰則を科されたり、損害賠償責任を負ったりすることはありません。したがって、「道義的責任がある」というのは、「法によって強制されるような責任はないが、社会の規範となった道徳や倫理に違反している。」という意味であります。ですからそれを「感じている」ということは、「道義的な責任があるのではないかと思っている。」という表現だということになります。
■5 企業の社会的責任と企業倫理
現代社会は、企業という存在を抜きにして社会が成り立ちません。企業は、いつしか大規模となり、また多数になり、企業の活動は個人の生活に密接にかかわり、場合によって、国家と同等あるいはそれを超える影響力をもった企業も存在しています。ですから、企業活動が社会の規範に則って行われるということは、いまや社会の当然の要請ということになるわけです。したがって、企業活動におけるコンプライアンスという場合も、法の遵守にとどまらず、社会規範の遵守、すなわち社会的な道徳、倫理の遵守まで含まれてくるわけです。つまり、企業に要求される企業倫理は、法律よりも高いレベルの倫理といえます。
先般の某証券会社の発注ミスにより利得を得た他の証券会社の利益が一部戻された例、某企業が法的因果関係が不明であるケースで、被害者救済目的で訴訟前に和解をした例などは、単に当該企業のリスクの算定だけではなく、企業が法を超えた社会規範にしたがうことで企業の社会的責任を果たした例といえましょう。
法をギリギリで守っていけばいいと考えている企業と、崇高な企業理念に基づく企業活動を目標とする企業。テレビでの謝罪会見が少なくなることを祈るばかりです。
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