第1回   制限時速60kmのところを67kmで走ることの違法性

弁護士 井 口 寛 司

 本年1月27日、東横インの無断改築問題が発覚した記者会見で、西田社長は、身体障害者用客室を条例に違反して無断で変更していたことを認め、「時速60キロ制限の道を67、8キロで走っても、まあいいかと思っていた」旨の発言を行い一気に社会的な非難が沸騰するところとなりました。
 しかし、この会見をみて「あれを言ったらおしまいよ。」と思う反面、「大きな声では言えないが、あの社長の言い分もわかるような気がするな。」と考えた方も一部にはいらっしゃったのではないでしょうか。
 そこで、今日は、そのような「認識」が、法令の適用や現代の社会状況においては、明確に誤りであることを少し詳しくお話してみたいと思います。

■法令の適用にたとえると
 確かに、時速60kmと制限されている道路を時速67kmで走行していたために交通違反切符をきられたり、逮捕されたりした方はほとんどいらっしゃらないと思います。道路交通法は、22条において「最高速度を超える速度で進行してはならない。」とし、これに違反した場合は、同法118条で「6月以下の懲役または10万円以下の罰金に処する。」と定められていますから、この速度違反行為は明らかに法律違反であるのに、です。
 しかし、これは大きな誤解であり、「たまたま」その時に取り締まりがなされていなかったことと、仮にその時に取締りがなされていたとしても、警察が、「たまたま」その運用として取締のための時速設定を高くしていたからであって、ふたつの「たまたま」が重なった結果にすぎなかったということです。
 したがって、例えば、警察が、この車両を必ず速度違反で摘発しようとして尾行を続け、精度の高い速度測定器で厳密に測定しさえすれば、時速67kmという速度なら十分に道路交通法違反として刑罰の対象となってしまうということなのです。
 そして、道路交通法違反で裁判所に起訴をした際に、弁護人が、「どのような計器にも誤差がある」などと指摘して無罪を争ったとしても、起訴した検察官が、当該検挙時点での道路状況、天候、計器の作動状況などを立証して時速67kmという測定結果に誤差はないと立証しさえすれば、有罪判決を受けることは明らかなのです。

■「認識」の誤りとは
 つまり、前記の「認識」の誤りの第一は、この摘発の可能性を甘くみたことにあるということです。自らが、ホテルという一般公衆の利用を前提とするサービス業であるにもかかわらず、身体障害者用客室の利用は年に数回だけだからとたかをくくり、不正の増改築は近視眼的には利益を上げるが、いつか必ず白日のもとにさらされるだろうというリスク認識を持ち合わせていなかったことにあると思います。
 そして第二は、不正増改築は、速度違反のように計器をもって測定するものではなく、一旦発覚すればその立証は速度違反以上に極めて容易な行為であるということです。
 また、道路交通法における速度違反では、違反行為は故意犯と過失犯の両者ともに処罰する規定となっており、したがって、速度違反のケースには、違法性の意識がある場合とない場合があり、車両の走行方法や道路状況に応じて速度は微妙に変化するものであるため、無意識の速度違反ということも考えられることから、摘発するときに、違法性の意識が低い場合もあるとして摘発には一定の「配慮」をしている事情があるかもしれませんが、不正増改築問題では、明らかに違法性を認識していた事案とされるものであり、「配慮」する前提事情などもまったくないことが上げられます。
 したがって、「認識」の第3の誤りは、道路交通法における速度違反でも故意で行っているときは違法性の程度が高いのであり摘発に配慮するべき事情などなく、本件のような違法行為についても、故意犯としてその違法性は相当高度に存在するということです。

■社会状況の認識
 世はコンプライアンス時代。法令を遵守する態勢をとる企業こそが市場から好ましいと評価され、同時に、倫理的であるともされています。逆に市場から嫌われる行為を行う企業は、市場から嫌われることで、既に倫理に違反しているのだといわれることがあります。
 某電器メーカーは、十数年前の欠陥商品のリコールのため、新商品等の広告を廃止し、画面の動かないテレビCMを繰り返しました。しかし、その結果、新商品等についても売上げが増大したと報道されています。
 自動車で道路を走行しているのは、自分だけではないはずです。前記の「認識」に欠けている最大の点は、企業は社会の中で存在し、市場志向、顧客志向ではなければ存続できないという社会状況をしっかりと認識できていないことなのかもしれません。